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邪馬台国は長寿国だった!?

◆邪馬台国には100歳越えの人も存在した!?

2~3世紀ごろ日本に存在したといわれる古代国家、邪馬台国。現在の近畿地方にあったという説と九州地方にあったという説で意見が分かれています。女王「卑弥呼」は呪術をもって国を治めていたといわれています。

この邪馬台国が長寿国であったことを示す記述が「魏志倭人伝」の中に書かれています。長寿の人が多く、百歳、九十歳、八十歳のものもいるとの記述がありますが、これがほんとうならばすごいことです。今でこそ長寿国といわれる日本も、平安時代から江戸時代までの平均寿命は30代だったといわれています。戦後やっと50代を突破したのですから、2~3世紀ごろに100歳まで生きている人がいたとしたら驚きです。

ただ、文字が存在しなかったといわれている当時、戸籍などはなかったでしょうし、現在のような暦もありませんでしたから、年齢に関しては推定の域をでなかったはずです。それでも当時の中国人から見て、長寿の人が多かったのは確かなのでしょう。

◆主食は玄米?

では邪馬台国に長寿が多かった理由を食事の面から検証してみたいと思います。「魏志倭人伝」によると「禾稲を植え」という記述があり、米は当時から食べられていたことがわかります。精米技術はなかったか、未熟なものだったでしょうから、玄米に近いものを食べていたことが想像できます。玄米にはビタミンB群とビタミンEが豊富に含まれており、食物繊維は白米の7倍ほどもあります。現代では健康食として取り入れてられています。

◆生野菜や、刺身を食べていた

また、「土地は温暖で冬夏も生菜を食べる」とあるので、野菜や果実はふんだんに採れていたであろうと思われます。「海に潜って盛んに魚介を採る」とも書かれてあり、魚介もよく食べていたのでしょう。上記の「生菜」には生のおかずという意味が含まれているとも言われます。生のおかずとは海で採れた魚介の刺身である可能性が高いでしょう。

生野菜や果物にはビタミンや酵素が含まれています。酵素は消化を助けたり、代謝を助ける働きがあります。熱に弱いので生のものから摂取するしかありません。酵素は免疫力と も大きく関わっているといわれ、近年注目されています。

また、魚介の刺身はよく、日本のご長寿の人が「好物」といっています。魚には血液をサラサラにしてくれ、脳の健康にもよいDHAやEPAが豊富に含まれています。

◆お肉もお酒も適度にたしなむ食生活

「船を守る役割の人は肉食を禁じられる」という記述から肉も食べていたことがわかります。ご長寿の人には意外と肉好きな人が多いようですが、この時代の人も肉を食べていたのですね。しかし、魚の方が手軽に採れたでしょうから、タンパク質は魚が中心だったのではないでしょうか。

果実酒など、お酒もあったようです。「倭の国の人は生まれつきお酒が好きである」という記述もあります。当時の人もお酒で適度にストレスを解消していたのでしょう。

邪馬台国の時代は意外と豊かな食生活をしていたことがわかります。ご長寿の人の食生活に通じるところもあり、私たちも参考にできる面がたくさんありそうです。