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日本のご長寿男性、泉重千代さんの長生きの秘訣

男性はどうしても女性より短命な傾向にありますが、そんな中、120歳まで生きたとされる日本男性が泉重千代さんです。しかしもともと1865年生まれといわれていたのが、その後の調査で1880年説が主流になったという経緯があり、実際は105歳没だったようです。

◆生年は不明!?徳之島の人気者

泉重千代さんは、鹿児島県の徳之島の生まれ。1865年生まれとされていたため、長寿世界一としてギネス登録されるなどマスコミでも報道されるようになりましたが、実際は兄の戸籍と混同されていたとのことで、現在では1880年生まれとされています(ギネス記録も取り消し)。

長寿世界一として報道されるようになってからは、徳之島の自宅に観光バスまで来るほどの有名人となり、訪れた人々をもてなす温かい人柄で人気を集めていたそうです。

100歳ごろまで毎日の散歩を日課としていたほか、その後も着替えや布団の上げ下ろし、入浴などもすべて自分でおこなうなど、足腰が丈夫だったことがうかがえます。

1986年2月に、肺炎によって死去した際には「120歳没」とニュースになりました。今では105歳没とされていますが、もしも当初の説が本当だとすれば、泉さんをもって江戸時代生まれの人がすべて死去したことになるようです。

もし105歳が本当だったとしても、おそらく意図的というよりは、もはやそれぐらい生きると自分が何年生まれだったのかさえ分からなくなったのが真相ではないでしょうか?

◆賠償金は一升瓶。好みは「年上の女性」

泉重千代さんは、たくさんのインタビューや観光客の訪問を受けていたため、そのキュートな人柄でも親しまれていました。

また70歳ごろからタバコを吸い始め、セブンスターを1日に3~4本吸っていたそうですが、医師から「体に悪い」と言われ、健康のために100歳くらいで禁煙したとのこと。もはや、好きなものを吸っていればいいような気もするのですが、真面目だったのかもしれませんね。

また黒砂糖から作った「黒糖焼酎」がお気に入りで、晩年までずっと欠かさずに晩酌していたようです。それを毎日のように訪れてくる観光客にも気前よく振る舞っていたという逸話が残されています。

ちなみに1979年、「泉重千代・長寿の酒」として勝手に売り出していた酒造会社を訴えるという事件が起きました。しかし泉さんは、看板料として1980年にお酒の一升瓶2,000本と80万円、翌年に一升瓶1,500本と29万円を支払ってもらうことで和解したのです。 どうやら、お金よりお酒のほうがほしかったようですね。

そんな泉さんの口癖は「万事、くよくよしないほうがいい」。そして好みの女性のタイプを聞かれ、はにかみながら「年上の女性かのう…」と答えたという、ジョークなのか本気なのか分からないエピソードが語り草となっています。 とても大らかで、かわいらしい男性だったことがうかがえますね。

■参考URL:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%89%E9%87%8D%E5%8D%83%E4%BB%A3
http://fanblogs.jp/centenarians/archive/12/0